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第26回 地方出版文化功労賞受賞作

 第26回地方出版文化功労賞は、昨年の10月18日から10月24日、鳥取県立図書館で開かれた「ブックインとっとり2012」に出品展示された全国の地方出版物(対象約650点)の中から、各地区の推薦委員および一般の来場者による会場での投票によりその中の10点を最終候補作として挙げ、12名の審査員が持ち回りで数カ月にわたって審査し、本年6月22日の最終審査会において決定した。
結果は以下のとおりです。

●第26回 地方出版文化功労賞


『北の無人駅から』
 著者  渡辺 一史(わたなべ かずふみ) 

[著者紹介] 渡辺一史氏、1968年、名古屋市生まれ。北海道大学中退。北海道内を中心に活動するフリーライター。道内市町村・郷土関係の出版物に多くの共同執筆作をもつ一方、平成15年(2003)3月には、札幌市で自立生活を送る重度身体障害者とボランティアの交流を描いたノンフィクション『こんな夜更けにバナナかよ』(北海道新聞社)で講談社ノンフィクション賞、大宅壮一ノンフィクション賞をダブル受賞 。本書では林白言文学賞、石橋湛山記念早稲田ジャーナリズム大賞〈草の根民主主義部門〉、サントリー学芸賞〈社会・風俗部門〉の各賞を受賞。

発行所 北海道新聞社
     札幌市中央区大通西3丁目6 電話(011)210-5742
発行者 宇佐美暢子
体 裁 791頁  定価2,625円(税込)
発 行 2011年10月31日

<選考理由>
この本は北海道の6つの無人駅とその周辺について書かれた7つのルポルタージュと、背景となるデータ集で構成されている。
遥か、行ったことも聞いたこともない駅とその周辺に展開する、多くは北海道特有の内容でありながら、遠く鳥取に住む審査員の多くがこの本に強く引き付けられた。それを集約すると
1.特に第1章の不思議な駅とそこに住んでいた足のない漁師に象徴される驚きと、次のページを早く読みたいと思わせる、丁寧な取材に裏打ちされた確かな文章の力。
2.語られる素材は北海道の特別な物語であり、縁のないものだが、その構造や移り変わる過程、背景は、鳥取を含む多くの地方にとって共通性のあるもの、強く共感できるものであったこと。
3.登場する人物や組織にはそれぞれに生活や利害があり、それは一人の人間の中でも複数の人間の間でも複雑に絡まり、そこで起きること、流れる過程は外から見たり考えたりするほど単純では決してないこと、そうしたそれぞれの思いと大きな社会的仕組みの変化も含めて、深く入り込んだ著者により明らかにされていること。 
4.著者は善悪や自分の判断を持ち込むのではなく、丹念に、時には失敗やトラブルもありながら、一人ひとりの言葉を引き出し、より深い意味での「ありのまま」を提示している。また、その流れの中で自分自身も含めた外の人間の見方や態度の間違いをそうした言葉の中から見つけていく。時にそれぞれの問題の良い方向を模索し、解決方法を探しながらも、押し付けることが少なく、しばしばさらに迷い込んでいく。こうしたことがずっしりとした読後感と、読者自身をその問題に相対させることにつながっていること。
5.無機質でなく、それだけを取り出して読んでも興味深い形で様々なデータを提示することにより、背景や様々な仕組みがより明確に理解できる。
ここに書かれた一つ一つのストーリーは、私たち地方に住む者にとって、特別でありつつ普遍であり、異なる角度から自分自身を映すものであって、もう一度自身と自分が住むこの地のこれまでとこれからを深く見つめなおす起点になりうる重要な本である。また、それゆえに都市に生活する人たちにも是非読んでもらいたい本である。
なお、著者はこれまで大きな賞の受賞歴があり、この本でもすでに複数の賞を得ている。また、出版は地方の有力な新聞社であり、こうしたことはいずれも当賞の選考上はハンデとなる。しかし、そのハンデを踏まえても、この本は上記の理由により地方出版功労賞の本旨にかなう本であり、その内容・文章ともに高い評価を得たことを付記する。

●第26回 地方出版文化功労賞 奨励賞

『原発を拒み続けた和歌山の記録』
監修者 汐見文隆 編者 「脱原発わかやま」編集委員会

監修者略歴 汐見文隆氏、1924年、京都市生まれ。京都帝国大学医学部卒業。医学博士。和歌山県赤十字病院第一内科部長をへて2002年まで和歌山市で内科医院を開業。長年和歌山で公害問題に取り組み「第四回田尻賞」受賞。著書に『低周波公害のはなし』(晩聲社)、『隠された健康障害 低周波公害の真実』(かもがわ出版)、『左脳受容説 低周波音被害の謎を追う』(ロシナンテ社)など。

発行所 有限会社寿郎社
     札幌市北区北7条西2丁目37山京ビル 電話011(708)8566
発行者 土肥寿郎
体 裁 250頁 定価1,575円(税込)
発 行 2012年5月11日

<選考理由>
昭和42年に始まり、平成2年におおむねの終結となった和歌山県内での原子力発電所設置の動きとそれに反対し、終結へと導いた住民をはじめとした関係者の活動をまとめた記録集である。
他の県でも(鳥取県でも)こうした原発の計画とそれを阻止した住民の活動はあるが、その多くは、だれもが手に取りやすい整理された形での記録としては残されていない。この本のあとがきにも「『和歌山県に原発計画があったのですか?』。多くの人から聞く言葉だ。県外だけではない。県内の人からも聞く。若者だけではなく年配者からも聞く。よくは知らない、忘れてしまったという人も多くなった。」と記されている。そんな中で東日本大震災と福島第1原発事故が、それまでの記録として残したいという関係者の気持ちを後押しして、この本が出来上がった。
第1章ではそれぞれの町に起こった原発設置と反対運動が多くの関係者の表と裏の状況や動きを克明に再現していく。町長や議会、電力会社、漁協、住民、理論面での協力者、支援者、国等々多くの関係者の動きは決して単純ではなく、複雑に絡み合い変化していく。特にこの中での漁協の動きは複雑だが大きな意味を持ち、その臨場感とともに強く印象付けられる。
第2章では理論的な面での指導者(協力者)と実際の運動を担った人たちにスポットが当てられ、どのように反対運動が行われたかが明らかにされる。ここでは女性の活動とその思いにページを割いているが、こうした部分こそ失われることのないように記録を残したいところと思料する。また、スリーマイルとチェルノブイリの事故が大きな影響を与え、薄氷を踏む思いの結果であったことも両章で明らかにされている。
審査では記述のダブりや今という時期に書かれたことによる影響が感じられる部分もあること、「今だからこそ必要な本」と「なぜ今なのか」「今ならもう少し相手方のことがかけたのではないか」という議論などがあった。しかし和歌山県という地域にとっての長く大きな出来事を後世に残すための大切な記録であり、日本の原発を考える上での貴重な資料でもある本が著者・編者の努力とともに地方の小出版社から出版されたことが評価された。

 第26回 審査員 12名 
 
 審査員長  齋藤 明彦(鳥取県職員、元県立図書館長) 
 副委員長  北尾 勲 (鳥取県歌人会会長)
 審査員  岩田 直樹(鳥取県立鳥取商業高等学校教頭)
   金澤 瑞子(倉吉市文化団体協議会) 
   上田 京子(鳥取短期大学講師)
   松本 薫 (作家・NHK文化センター講師)
   松田 暢子(日野町立図書館長)
   岡本 康 (元高等学校長)
   田中 玄洋(学生人材バンク代表理事)
   金田 倫子(情報誌『鳥取Now』元編集者)
   真嶋 朋枝(前鳥取県立図書館長)
   岡本 圭司(鳥取県職員)